「自信がない」は、否定か謙虚か、それともエゴか。

 

「自信がない」は、いつまでもぼくの後ろをついてくる。いくら自分に「大丈夫」と言い聞かせても足が震える。本当に正しいのだろうか、変に思われないだろうか、自分は滑稽に見えていないだろうか。

「自信がないこと」と「他人にどう見られているか」の2つは常に対となる。他人より優れているから正しい。(他者が設定した)答えを正しく導き出している。自信はいつも自他の比較から生まれる。

「自信がないから他人の目が気になる」と思いがちだが、実はその逆で、他人の目がなければ自信があるとかないとかなんて気にしないし、考えない。

部屋で1人でいるとき、人は本来の自分になれる。学校や会社では見せない格好、しぐさ、笑い方、食べ方、だらしなさ、汚さ、無邪気さ。

しかし、ひとたび街に出れば、身なりを整え、仮面をかぶり、周りの人間とのバランスを図り、人間関係にビクビクする。これが当たり前なのだが、なんだろう。違和感は消えることがない。

これはエゴなのかもしれない。「自分がどう見えているか」を他人に委ねてはいけない。自分で「自分が何ものであるか」を決められず、他人に丸投げしている。自分の姿は自分で決める。理想に届かなくとも責めることはない。

信念さえ曲げなければ、どう見られても関係ない。

自信は、自分を信じると書くじゃないか。